プゥコメモル

311

この前10年目の3月11日って聞いて、あー、プゥコも10才かーと感慨深かったという話をします。あの日はもう臨月で、プゥコがいつ生まれてもいい状態でした。

揺れがきて、ダイニングテーブルの下に、大きなお腹を抱えてふぅふぅ言いながらもぐりこむと、私の緊張が伝わったのか、お腹が張ってキリキリ痛み、それをさすりながら「大丈夫だから、大丈夫だから、どうどう」と、プゥコにひたすら話しかけていました。

テーブルの上にあった醤油がおちて、床にこぼれ、服が醤油まみれになりつつ「あー、もしかしてこれが世界の終わりかな。」と思ったり。「やっと生まれてくるっていうのに、ここで死ぬルートはないな。」と思ったり。悲観と楽観の間をいったりきたりしていました。

その頃、マンションの9Fに住んでいたのですが、エレベーターが止まって外に出られなくなりました。お腹が大きいから階段はとても無理!相方は車で30分の会社にいたけど帰宅途中に渋滞で全く動けなくなって、その間にショックで産気づいたらどうしよう、と思っていたものです。
でも、宅急便はきたんですよ!
地震でもクロネコさんはくるんだ、と思って。
ここまで階段のぼったんだぁ、って。
一人で心細かったのでちょっと宅配のお兄さんと会話して外の様子を聞いて。

地震のあとも試練は続きました。
放射能は母乳に影響するのかということが問題になったりしたので、不安すぎて、つわりも復活しちゃって。
一番食べなきゃいけない時なのに、食欲がなくなって、よく貧血をおこしていましたね。
お腹の張りと、お尻のツリに苦しめられ、夜も眠れず。
この頃憧れていたのは「腹這い」思う存分、みみずのように地面を這い回りたい!と、毎日思っていました。

でも、もうすぐプゥコが産まれるという希望だけはあったのですよ。
不安の中でそれだけはもう燦然と光り輝く希望!
だから、プゥコのおかげでなんとか前向きになれて、あの頃も今もプゥコはカナメ!物語の主人公!
産まれる前も産まれてからも、我が家を明るくするプゥコは、やっぱ存在そのものがすごいわーと、今年はあらためて311をかみしめました。

プゥコ生後10日